新着情報

キャラクター擬人化の情報を不定期にお届けします。

宵宮・町廻り(H28)

 祭りが終わって、はや二週間。

 

 毎年恒例、戎町の宵宮の様子をペタペタ。

 今年は、雨の予報で午前中は笠を被っておりましたが、町廻りが始まると汗ばむほどの暑さに(*´Д`)

 いや〜、カメラ持って走り回るのしんどかった・・・。

 

 来年は、戎町222年ということで、何かしら企み頑張るぞ!(* ̄0 ̄)/ オゥッ!!

 

 ともあれ、皆さま、お疲れさまでありました。

 

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【町廻り・戎町(H28)その1】

 

【町廻り・戎町(H28)その2】

 

【町廻り・戎町(H28)その3】

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2016/10/22   admin

日和佐八幡神社・秋祭り(H28)

 今年も何事もなく、日和佐八幡神社の秋祭りが終わりました〜!

 

 本年は、直前に台風が接近し、かと思えば影響はなく、そのくせ当日は土砂降り(;´・ω・)

 式典が始まると、ちゃっかり上がって、奇妙な天気でありました。これも、神通力ですかね八幡さん(汗

 

 そんなわけで、各町、ちょうさに笠を付けるか否か、出発まで判断に迷ったのではないでしょうか?

 

 何はともあれ、みなさま、本当にお疲れさまでございました(∩´∀`)∩弥栄〜!

 

 

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一番太鼓・本町

 

二番太鼓・桜町

 

三番太鼓・中村町

 

四番太鼓・戎濱

 

五番太鼓・奥河町

 

六番太鼓・戎町/前半

 

六番太鼓・戎町/後半

 

七番太鼓・東町

 

八番太鼓・西新町

 

※動画について

  1. 雰囲気の撮影を優先したため、多少のブレがあります。
  2. なるべくカットをせずに、そのまま繋げてあります_(._.)_

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2016/10/15   admin

一宮、はじまりました(H28)

 秋祭りまで一週間を切りましたね!

 一宮ということで、各町・太鼓納屋で準備に取り掛かっております。

 

 

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東町は、なんと二週間前から組んでいたとか。早すぎるわ(゚д゚)!

 

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おやおやおや!?
桜町、高欄が新しくなっとるー!

 

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戎濱がオープン!布団枠一体型なので、ほぼ完成しています。

 

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戎町は、台風接近のため太鼓(屋台)は出さず。
これは、自分の町で組み立てるという習わしのため。

 

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こちらは、今年一番太鼓の本町。

 

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こちら西新町。
布団締めを通す枠は外れるんですね!?

 

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中村町。あいかわらず、テキパキ。

 

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一方、戎町では太鼓の練習が始まりました。

 

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当屋の前に、幟を立てます。

 

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屋台が組めないので、金具を磨きます(`・ω・´)ゞ

 

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 と、まあ、一宮レポートでございました。
 みなさま、祭りまでお元気で〜。

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2016/10/04   admin

マンガ公開しました(第16回)

 マンガ公開しました〜。

 

 来る一番! 手本か? 見本か? 町の縮図にご注目!?

 

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 今回は、自称・日和佐のオピニオンリーダー? 本町のお話し。

 

 国道55号線や桜町商店街ができる前、旧街道が通っていた頃は、本町は、まさに日和佐のメインストリートで、さぞや豊かであったことでしょう。
 豊か故に、「ちょうさくらい運営できるわぁ〜」といったノリで人員そっちのけで参戦してしまったがゆえ、金はあるが人がいないという状態でやってきました。

 

 まだ日和佐の人口が1万人ほどいたときでさえ、過去に「据え太鼓」を経験した本当に人の少ない町です。
 軒数にして27(゚д゚)!

 住民票は名目ですから、実質の日和佐地区の人口が2500人くらい・・・。

 そのため、あれやこれやと工夫工面して、祭りに参加してきた苦労人。

 

 東町や中村町が何か新しいことをやると、他の町がマネしだすのと同じように、本町の動向もまた、日和佐の祭りの指針を見る上で重要な事柄の一つなわけです。

 

 そんな本町は、今年、一番太鼓。16年前に作った一番法被を羽織り、原点回帰を目指します。

 お手伝いに入られる各町の皆々様、どうぞよろしくはっちゃけおたの申し上げます〜(・∀・)

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2016/09/11 リリース   admin

秋祭り(H28)まであと一ヶ月

 どうも、お久しぶりです、こんにちは。

 

 秋祭りまであと一ヶ月ちょっとですね〜。

 早い町では、そろそろ組み立ての前準備などしている頃ではないでしょうか?

 

 今年は、本町一番太鼓ということで、組み立てのピックアップでも(^^ゞ

 

 写真は、去年(H27)のものになりますが、この町は、人出が少ないので、他の町よりも早くに組み立てに入ります。

 

 

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一宮の前日。境内には本町の氏子が。

 

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写っていませんが、木枠には向きや順番が書かれています。

 

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少人数で担棒をくくり――、

 

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あれやこれやと組み立てていきます。

 

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なんとか屋台は完成!

 

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町民館に移動したら、布団部分の組み立て。

 

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白黒白黒、、、。

 

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なつかしの一番太鼓用法被。今年は、復活なるか?!

 

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ほとんどパズルの固定器具。

 

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下に潜って、押さえながらの作業。

 

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構造的に奥河町と似ています。

 

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組んだら布団締め。

 

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本町は、昔ながらの天辺で結ぶタイプ。

 

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古い木箱も見つけました。

 

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天幕を付けます。

 

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トンボも付けます。

 

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忘れてはいけない房!

 

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布団締めと布団台の間を隠す「隠し額」を取り付け――、

 

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屋台に乗せたら完成です。

 

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それでは、みんなでいっさんじゃい!

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2016/09/03   admin

谷屋調査報告会に行ってきた

 8月6日、日和佐公民館で開催された「谷屋調査報告会」に行ってきました。

 

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 これを書いている人は、ちょっと辛口なので正直な感想を書きますと、どれもネットで引ける内容ばかりで、谷家の構造など新鮮味はどこにもなかった。

 また、所有していた絵や器などを検品して、お高いものばかり持っているので「金持ちだったのですね!」という結論から、どこに地域を活性化する手がかりがあるのか、想像力が乏しいので今ひとつピンとはこなかった・・・。

 

 日和佐の歴史などを調べるにあたっては、おそらく日和佐ではなく、日和佐人のルーツである木頭や相生を調べる必要があると思うし、八幡神社の訳の分からない複雑な「那賀川流域式組物」にしろ、西河内からなぜ引っ越したかということも念頭に取り込んだ方が、研究としては面白いのではないかと∠( ゚д゚)/

 そういえば、谷家も相生出身らしいですな。

 

 確かに、ずっとそこに住んでいる人たちには、価値は見出しにくいから外部の視点は必要であるとは思いますけれど、外部の人達には総じて、自分を育てた景色というものがないですから、けっこう的はずれなところもあるわけで、まあこんなものだろうと思う3時間でありました。

 

 ちゃんちゃん!

 

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 ひとつ気になった項目。

 ちょうさの今昔のところで、旗の変遷について書かれているのですが、この表記は違和感があるなぁー。

 

 なにせ、旗は日清日露大東亜と戦時中から掲げられたものであるし、敗戦後はGHQに「日章旗はアカン!」と言われて、独自のデザインや家紋を掲げるようになったといいます。

 そして、掲げた当時からデザインを変えていない町は、「戎濱」と「奥河」なので、戎町との比較対象としては、ふさわしくないと思うですが、、、おそらく、戎町と戎濱を混同されているのかも。

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2016/08/07 情報求む   admin

マンガ公開しました(第15回)

 マンガ公開しました〜。

 

 東に関船!? いま何処? 次回も新キャラ登場か!?

 

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 前々から、ずっと描きたかった、昔懐かし日和佐のお祭りに関するお話し。

 みんな、覚えているかな〜? 

 

 今回は、東町の関船(せきぶね)が登場。

 資料があまりないので、年寄りから聞いた話を参考に、まあこんな感じのキャラであろうと誕生しました(汗)

 

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写真:日和佐八幡神社

 

 ざっと見るかぎり、仮装化粧をした子供を乗せ、宝船のような出で立ち。

 周囲の大人たちも陽気で、暴れ狂っていたちょうさとは対照的な町廻りであるかのよう。ちょうさには、カミ様は乗ったりしませんから、化粧をした子供を船に乗せることによって<よりまし>的な役割と、祭りに本格参加できない子供の「子供神輿」的な役割があったのかも。

 

 しかし、さすが漁師町系ということで、狭い日和佐の路地をガタガタと曳いていたという話から察するところ、この町には、担ぐか曳くかの差異しかなかったようですΣ(・∀・;)

 

 ただ、屋台に乗せる子供とは、どうあるべきか? という原型は、少なからず見えましょう。

 子供に化粧をさせるということは、非日常空間にいるカミ様の代理人ということで、日常生活に「お祭り騒ぎ」を持ち込まないための一種のケジメだし、カミ様や氏子を楽しませる俳優(わざおぎ)の役目も担っていると思います。

 ちょうさがお入りのさい、順番待ちで太鼓に合わせて氏子が踊ったり騒いだりするのだって、知らず知らずのうちに俳優(わざおぎ)をしているわけです。

 

 一方で、ちょうさに乗り込む子供は、飴屋というよりは願人(がんじ)に近い役割で、投げ頭巾を被るのが一般的。

 願人(がんじ)とは、祈祷する人、カミ様と交信する人といったところでしょうか。

 この頭巾、日和佐では烏帽子(えぼし)と認識され、子供の正装だと思われており、「長崎くんち」の頭巾も日和佐の漁船団の影響である、という説が流布しております。

 

 ただ、調べていくと、どうしても起源は大阪にあり、日和佐のちょうさは、天神祭の運行と似ていることがわかります。

 スタイルは若干違いますけれど、投げ頭巾を被った願人(がんじ)がカミとの交信の動力源となり、采頭(ざいがしら)を筆頭に采方(ざいかた)たちが舁ぎ方(かつぎかた)に進行方向を指示します。

 

 日和佐はもっぱら、引退した宿老と呼ばれる年寄りがちょうさの前を歩いているのみ。これが悪いわけではありませんが、代わりに、拍子木が願人=打子に支持し、その音によって担ぎ手が動き、結果的に宿老が交通整理のようなことをする、すると人を気にせず拍子木は打子に・・・と、こういうループの出来上がりです。

 

 拍子木の良し悪しは、上手いかどうかではなく、「よく聞こえるかどうかである」とベテランの方に聞いたことがあります。確かに若い拍子木は、居ても立ってもいられず、怒鳴ったり担棒に触りにいったりと、ちょうさがふらふらと安定しなかったりしますが、上手い人は黙々と叩いている。

 昔の日和佐の秋祭りには、ちょうさのかき比べなるものがあったそうで、おそらく、どれだけキレイに長時間お練りしていられるかというのも、町の威厳に深く関わっていたのだと思います。

 

 ずいぶん脱線しましたけれど、今はなき関船から見えてくる、昔のスタイルと思想というものは、もう少し調べてみたいところでもあります。

 東町関係者の方で、関船に詳しい方がいらっしゃいましたら、ぜひご一報いただけると、幸いですm(__)m

 

 それでは、次回へつづく!

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2016/07/25 リリース   admin

【11回目】実質?名目?誕生日

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 さて今回は、歴史を実質か名目どちらから見るかというお話し。

 

 桜町は、ご存知のとおり西新町からちょうさを譲り受けて今年で70年になります。おめでとう(゚∀゚)!

 言わずもがな、日和佐では新参者の部類であります。
 ところが、使っている屋台の年齢はというと、享和四年(1804)製で今年で212歳になります。


 戎町の屋台が大正10年に作り変えたという話があるため、日和佐では東町に続き、桜町の屋台が二番目に古いということになるでしょう。

 しかもこれ、谷屋(戎町)からもらったモノという口伝が年寄りの常識としてあるため、真に受けますと、享和四年(1804)より古い可能性も。
 なんという物持ちの良さ!!


 一方、サバを読んでしらばっくれるうるふ様(日和佐八幡神社)の年齢はというと、諸説あって本当のところは、わかりません^^;

 ご存知、式内社の和耶神社が前身でして、長らく羽浦神社と「ウチが元祖だ!」と争っております。
 ともあれ、由緒では天正6年(1351)と書かれているので、その辺りには、日和佐にいたと考えられます。


 日和佐八幡神社のホームページには、天平6年と書かれていますが、たぶん「天平」と「天正」の打ち間違いかと。。。

 

 そんなこんなで、天正6年に日和佐の西河内にやってきて、その後、永正17(1520)に現在の位置に引っ越した感じでしょうか。
 境内楠の推定樹齢も500年といわれるのを鑑みても、お引越し500年説は有力であります。

 けれども、本当に式内社であったならば延長五年(927)には既に鎮座していたかもしれず、けっこうスゴイことではありませんかね?

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2016/06/21   admin

【10回目】お着替えいろいろ?

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 今回は、ちょうさ組立のお話し。

 普通たいてい、ちょうさの組立は、こんな風に八幡神社の太鼓納屋で行うのが一般的です。

 

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 こちらは、桜町・・・じゃなかった、奥河町です。布団の枠は白いんです∠( ゚д゚)/

 

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 組み立てたら、各々、自分の町まで運びます。

 

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 本町や中村町などは、布団の部分だけ町民館などで組み立てて、太鼓納屋でドッキングするパターン!

 そして、自分の町まで運んでいきます。

 

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 一方、戎町はというと――、

 町民館横の避難タワー(通称:タスカルタワー)下で組立。

 

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 屋根があるし電源もあるしで便利な場所です。

 

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 かつては、戎町ちょうさの実家ともいえる「谷屋」で組み立てていたそうなのですが、タワーの下の方が開けているし雨露しのげるということで、近年はもっぱらココ。

 昔ながらのやりかたで、谷屋の前で組み立てようという声もきかれます(゚∀゚)

 

 ただ、タワー下での組立が理にかなっているなと思うのは、ちょうさの構造にあるかもしれません。

 というのも、戎町は欄間があるため、屋台の天井が吹き抜けではなく、布団を乗せるために外側から人が乗り込む必要があり、梯子をタワーに架けて乗り込みます。←ここ大事

 天井がない町のちょうさは、内側から乗り込んで積み上げたり、組み立ててから乗せるという方法をとっているところも。いずれにせよ、布団と屋台を繋ぐために、人が乗り込まなければならないのは、ちょうさ共通の手順で、屋台へのダメージを最小限に抑える工夫といってよいでしょう。

 

 他方、天井のある町の西新町や奥河町(※戎濱除く)も戎町と同じでありますが、奥河町は素で布団に梯子を架けてしまうワイルドさ!!Σ(・∀・;)

 しかも、大人が二人くらい乗り込んだりするので、丸桁にヒビがあるのはそのせいだと思うよ・・・(汗)

 

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 とまあ、組み立て方ひとつとっても、各々町の性格とか雰囲気が現れていて面白いものです。

 和気あいあいと時間をかけて組み立てる町・・・、さっと組み立てて後は太鼓を叩きまくっている町・・・、基準などないので良し悪し語るつもりはないのですが、擬人化キャラの性格付に大いに参考にさせていただいておりますので、今後とも、祭りの際は、組立のお邪魔をさせていただきたく、よろしくお願いいたしますm(__)m

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2016/05/16 ちょうさのこと   admin

START:DASH!?

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 新年度が始まったと思いきや、もう四月が終わりつつあって、時が経つのは早いものです。

 今年の秋祭りは、10月8日・9日やぞ(;・∀・)!早いな!

 

 本年は本町が一番太鼓です。

「人おらんけどいけるんか・・・?」

 心配ご無用。なんだかんだで、応援の割当が多すぎて担ぎ手が溢れているという変な状態なので、難なく終わることでしょう(汗)

 

 けれども、一番の年くらいは、赤法被がいない方が美しいと思っている次第でもあります。

 別に関係者とケンカするつもりはないのですが、祭りとは本来、氏子のもの(←ここ重要)でありますから、よそ者とかちょっと寄っただけの留学生などに触らせてほしくなかったりするのが本音です。年寄りが「情けないけん置いといたらいいんじゃ・・・」と嘆いたりするのもわからんでもない。

 

 祭りを続けるためにルールを変えて外の力に頼るのか、外部に頼らず祭りとして筋を通すのか、難しい時代であると思います。

 なので、県外の本町出身者や関係者は、知人を誘い合わせてもいい、ぜひとも帰ってきて、本町の祭りに参加してほしいよ( `・∀・´)ノヨロシクね☆彡

 

 まだ半年ある。いまから休みとって帰ってこーーーい!!∠( ゚д゚)/

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2016/04/24   admin