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担い棒の謎

 先日、公開したマンガ記事に何か忘れている気がすると書きました。
 その何かについていろいろ調べて、さぁ!やるぞ!といったところに新たな情報を耳にして振り出しに戻った感じであります(´Д`|||) ドヨーン

 

 堺型のわりにけっこう大型で、見送り三枚板裏面に「堺彫又」の墨書があって、彫物の特徴から彫師は二代目・西岡又兵衛だと思っていたわけです。

 

danjiri.jpg

 

 ところが、日和佐八幡神社の宮司が営む喫茶タートルにて――、「岸和田製」であることが判明!!
 ど、どういうことだ( ̄□ ̄;)!!

 なんでも、岸和田の方が日和佐のソレを見て、作りの特徴から核心をもったのだという。

 

 確かに、下だんじりでもないのに担い棒がないし、ところどころ岸和田っぽくて、わけもわからず、そのようにブログに書いた覚えがあります。
 ただ当時は、箱だんじり(堺型地車)っぽい雰囲気が岸和田とごっちゃになっていたのですが、本場の方がそうおっしゃるのであれば!と、調べ直しでありますφ(..)

 だんじりって奥が深いなぁ〜。

 

 このブログは、ちょうさがメインなので深く解説しませんが、下だんじりというのは、岸和田のだんじりのことで、それ以外を上だんじりといいます。
 ぱっと見の特徴は、腰まわりに担い棒という丸太の有り無し。

 

 ところが、日和佐のソレは担い棒がなくて、でも、もともとの堺型は、正面土呂幕部分を細工して、その上部の隅に切り込みを入れて、引き出し式の担い棒(堺市内では閂と呼ばれていた)が出し入れ出来るようなものもあったのだそう。

 あきらかに日和佐がソレじゃないですか!?

 

 ということは、昔ながらの特殊な堺型を岸和田の人が勘違いしたのか、西岡(工房)の職人が岸和田で彫刻を施したのか?けっこう謎なわけです。

 

 ご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください。

 

turtle.jpg

(喫茶タートル)

 

2014/04/24 情報求む   admin