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ストイックな時代

 しばらく更新をサボっていたら、はや年も迫ってきました。
 
 先日、奥河町のW氏のおじいさんが撮影したという懐かしい写真を提供いただきました。どうもありがとうございます!
 今回は、その中から珍しいものをペタリ。白黒なので、けっこう古い写真ですな☆彡
 
 一枚目は、これ。

 

 

mikoshi_yokohama_20161219.jpg

 

 

 どこや?と思われるかもしれませんが、金神輿が“ヨコハマ”にて浸かっている写真。
 ヨコハマというのは、以前にも書きましたが、大浜海岸の前に太鼓を置いていた現在の水産試験場や魚市場があったところ。
 写真の奥には、厄除橋が見えます。薬王寺には、まだ瑜祇塔の姿がありません。
 
 当時は、ちょうさを水に浸けるという発想がありませんでしたが、神輿だけはどっぷりと禊(みそぎ)していたようです。←ここ重要
 
 メディアなどは海の穢(けがれ)を祓っているという説明をよくしていますけれど、神道的には、海に穢れを落としてもらっているという感覚。なにせ、カミ様が乗っていますから。
 これをちょうさが真似て海に入りだしたというのが、日和佐の祭りの特徴といえますφ(..)
 
 二枚目。

 

 

nishi_2_20161219.jpg

 


 こちらは西新町の写真で、よく見ると打子が二人しか乗っていません。
 
 どういうこっちゃ?と思いましたが、この当時は、太鼓に女の子を乗せるなどもってのほかな時代で、本町同様、西新町も子供の少ない町でした。
 昭和37年は本町が据太鼓だったという記録もあるため、おそらく、同時期の光景なのかもしれません。

 一見すると、寂しい感じもしますけれど、こういう、伝統にストイックで、現状をどうにかしてしまう昔の道徳が写っている絵は、けっこう好きだったりします。
 
 人手不足といえば、今より人口が多かったさらに昔から問題になっており、祭りを続けていくというのは、本当に大変なことでありますな。


 そんなこんなで、本日は、以上!

 


 他にも、懐かしくて面白い写真をお持ちの方がおりましたら、ぜひみんなで共有できるよう、神社や役場、気が向きましたら当サイトへ送っていただけると幸いです。

2016/12/19 ちょうさのこと   admin