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差し上げの掛け声は何がいいか?

 先日、日和佐八幡神社のFacebookに、祭りの掛け声について書かれていました。


 それには、差し上げを意味する「サーセー サーセー」が、近年は「ヤーレー サーセー」になっているのはけしからんとのことで、町外の人に間違って伝わっているのではないかと危惧されていました。

 

 

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資料:戎町の掛け声
 

 


 確かに説明もなくやっていますから、なんだかよくわからずに見物している人が大半であります。
 祭りに参加した大学生の論文にも、けっこう的はずれなことが書かれていますし、そもそも、“敬意を表する差し上げ”がだんじり文化圏の観光客には“威嚇”と見られている向きもあります。
 
 順番待ちちょうさの休憩と芸能(わざおぎ)の時間も、知らない人には遊んでいると見られ、そこへ差し上げに行くちょうさは、おちょくりに行っている、などという解釈を年寄りのカメコの立ち話から聞いたこともあります。
 
 つまり、なーんにもわからずに見られているのが全町を追っかけている身としての感想なわけですΣ(・∀・;)
 


 さておき、けしからん「ヤーレー サーセー」について。
 これは、おそらく、叩き始めの「ヤーレン ヤーレン イッサンジャイ」の「ヤ」という音に引きずられる形で、「ヤーレー サーセー」になったものだと想像しております。
 ヘブライ語で解釈すると、「喜び歌い勇んで行く」と、ちゃんと意味が通じていますね。
 
 昔話を書きますと、これを書いている人が子供の頃、確かに皆、「サーセー サーセー」と言っていました。
 ところが、東町のみ「ヤーレー サーセー」だったという記憶もあって、当時は、各々町の特徴なのだと気にもとめておりません。
 今になって考えてみると、一番元気がありイケイケドンドンなムードメーカー的な漁師町として、「もっとやれ!やれ!」という勢いが「サ」を「ヤ」に変えてしまったのかも^^;
 
 話を戻し、なぜヘブライ語なのかといえば、イザヤの預言に従い「東の海の島」を目指したイスラエル人がアジアから日本列島目指し口ずさんだものがソーラン節として残り、開拓地から民謡として、音頭として、広まり掛け声として組み込まれていったのではないかと。
 
 叩き終わりの「エンエンエン」や「エンエンヤー」というのも、日本語としては通じません。
 ただ、終着するというような意味なので、日和佐では太鼓を置きますという雰囲気なのでありましょう。
 
 こんなことを書くと、日本はキリスト教の国だったとか適当なことを言う人が必ず出てくるわけですが、そもそも、日本は文明の終着地であり、南アフリカから出発した一番ガッツのある人々が作り上げた奇跡の国なのであって、世界各国の発想が入っていても全く不思議ではありません。
 もとい、他所の掛け声と比較し、調べるにあたっても、結果、日本語として通じず納得の行くものがなく、田中美知太郎のいう「言葉は過去からやってくる」という前提と日本の成り立ちに従った方がしっくりくるような気もします。
 
 また、「チョーサ」とて、元は大阪系の掛け声だと云われていますが、「チョウサ」=「喜んで行進する」という意味合いなので、これもそんな感じであると思います。かといって、日本の掛け声を今のイスラエル人に聞かせたところで、なんのこっちゃなことでしょう(・・?
 
 伝統は受け継いだものを意識したところに生まれるといいます。他方、言葉とは時代とともに変形していくもので、無意識のうちに受け継いでいくものでもあります。そして、いまここにしかない伝統から必要なことを思い起こすという作業の繰り返しが、継承と呼べるモノでしょう。
 
 つまるところ、差し上げを「サーセー サーセー」と叫ぶのは作法として正しいことなのかもしれませんが、言葉を生き物として見ると、別に「ヤーレー サーセー」でも、矯正するしないは別として、どちらでもええじゃないかというのが、このブログの見解であります☆彡
 なにせ、掛け声や叩き方も、昔と比べて相当変わっているらしいですし・・・。
 
 次世代に残していくのであれば、各町が示し合わせて統一の掛け声を文字に起こしつつ、各々好きに色を出していく、という継承はどうですかねφ(..)

2016/11/05 ちょうさのこと   admin