新着情報

マンガ公開しました(第17回)

 マンガ公開しました〜。

 

 他所町見習い七十年。一番気張るぞ!いざ行かん!

 

sample_21.jpg

 

 

 さて、始まりました恒例の祭りのレポと意気込み。今回は、西新町の妹・桜町のお話。
 
 昭和21年に祭りに参加して、今年で七十年になりました。←屋台自体は古いですが・・・。
 いや〜、めでたいめでたい。

 

 

sakura70_1.jpg

 


 昨年、太鼓を新調し、今年は高欄(こうらん)も新調しました。
 古い本体と後から底上げした布団台、そして真新しい高欄の色合いが違い、古いのか新しいのかわからない見栄えですな(゚∀゚)
 
 中村町や奥河町の記録によると、桜町は、輪番の最後だった本町の後に入る形で、現在の運行表ができました。

 

 

okugawa_kiroku_sakura.jpg

 


 それまでは、参入順(戎濱のみ最後)や浦三町(戎町・東町・中村町)が取り仕切る形でやっていましたが、※東町コースアウトによる西新町との大乱闘事件があり、その反省から、いろいろとルールが決められ、今のような祭りになったと云われておりますね^^;
 
 たぶん、大浜海岸に御旅所を置くようになり、海にも入るようになったきっかけが、この二町のトラブルにあったといえるでしょう(汗)(※後日、マンガにでもします)
 
 さておき、桜町初参加の日は、あいにくの台風という残念すぎるデビューをかざります。
 
 参加当時は、他町を見習い、追いつけ追い越せで習得したものを愚直に守ってやってきました。
 桜町の注目すべきところは、この愚直さであり、他所町が人口減少によりやむなくルールを変更せざるをえない中、人口の多い桜町は、昔ながらの運営を保ち続けてきたわけです。
 
 運営の規約にはじまり、掛け声や、少なくとも七十年前の叩き方など、新参者なのに懐かしい感じがするのは、米国人の豆腐屋のように、わからないから崩さないというスタンスが脈々と引き継がれ、桜町のスタイルになってきている気がします。
 
 話はそれますが――、戎町年寄りの口伝では、ちょうさ誕生のさい、試作機として何台か作り、他所の町に配ったとかなんとか。
 そして、桜町年寄りの一部共通認識としても、「西からもろたが、元は”たんにゃ”のもんじゃ」という声を何度か聞いたことがあります。

 年寄りの言うことなど、たいてい記憶違いかボケていることが多いのですが(←問題発言)、違う角度から同じような証言がふと出てきた時は、本当くさい気もします。
 
 だとするならば、戎町と桜町も姉妹関係にあるのかもしれず、調べるほどわからなくもなってきましたが、なんだか面白くなってきたぞ!どういうことじゃ〜( ;∀;)

 

 

sakura70_2.jpg

 


 そんなこんな桜町は、来年一番太鼓ということで、いろいろと調べてみたいと思います。
 
 ほな、また!

2016/11/03 リリース   admin