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【11回目】実質?名目?誕生日

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 さて今回は、歴史を実質か名目どちらから見るかというお話し。

 

 桜町は、ご存知のとおり西新町からちょうさを譲り受けて今年で70年になります。おめでとう(゚∀゚)!

 言わずもがな、日和佐では新参者の部類であります。
 ところが、使っている屋台の年齢はというと、享和四年(1804)製で今年で212歳になります。


 戎町の屋台が大正10年に作り変えたという話があるため、日和佐では東町に続き、桜町の屋台が二番目に古いということになるでしょう。

 しかもこれ、谷屋(戎町)からもらったモノという口伝が年寄りの常識としてあるため、真に受けますと、享和四年(1804)より古い可能性も。
 なんという物持ちの良さ!!


 一方、サバを読んでしらばっくれるうるふ様(日和佐八幡神社)の年齢はというと、諸説あって本当のところは、わかりません^^;

 ご存知、式内社の和耶神社が前身でして、長らく羽浦神社と「ウチが元祖だ!」と争っております。
 ともあれ、由緒では天正6年(1351)と書かれているので、その辺りには、日和佐にいたと考えられます。


 日和佐八幡神社のホームページには、天平6年と書かれていますが、たぶん「天平」と「天正」の打ち間違いかと。。。

 

 そんなこんなで、天正6年に日和佐の西河内にやってきて、その後、永正17(1520)に現在の位置に引っ越した感じでしょうか。
 境内楠の推定樹齢も500年といわれるのを鑑みても、お引越し500年説は有力であります。

 けれども、本当に式内社であったならば延長五年(927)には既に鎮座していたかもしれず、けっこうスゴイことではありませんかね?

2016/06/21   admin